朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』。2025年9月刊行、448ページの長編で、2026年本屋大賞を受賞。
『イン・ザ・メガチャーチ』の大まかなあらすじ
この作品の中心にあるのは、「推し活」と、それを取り巻くファンダム経済です。ファンダムとは、熱心に応援するファンの集まりや、その人たちが形成する文化・コミュニティのことだそう。ただし、単純に「アイドルを好きになる人たちの物語」ではありません。
人はなぜ誰かを「信じる」のか。 なぜそこまで誰かを応援したくなるのか。 そして、その熱狂は誰によって、どのように作られているのか。というところまで踏み込んで描いています。物語は主に、立場のまったく違う3人の視点から進みます。それぞれに主観的に物語を進行していく朝井リョウさんの好きな手法なんだと思います。
① 久保田慶彦――「推させる側」
47歳のレコード会社勤務の男性。これまで仕事を中心に生きてきたものの、家族や若い世代との距離が広がり、自分の居場所や人とのつながりを失いつつある男性として描かれます。家族と離婚して一人で生活しています。定期的に娘とリモートで喋ってるようですが、娘とは気まずそうです。成長した娘との会話が弾んでないようです。それでも娘と会話をしたいというそこの欲望の塊おじなようです。そんな彼が、これまでの経験を買われ、職場で若いアイドルグループのプロモーションに抜擢されて関わることになります。
ここから見えてくるのが、
「どうすれば人はアイドルを好きになるのか」
という、非常にビジネス的な視点です。どんな物語を作るか。どんな人物像を見せるか。ファン同士をどうつなげるか。どうすれば「この人を応援したい」と思わせられるのか。つまり久保田のパートでは、「推す側」ではなく「推させる側」からファンダムを見ることになります。しかし、この久保田も久保田でファンダムに取り憑かれます。欲望の塊おじなので自分の立ち位置を見失っていく様が描かれていきます。これは、良くも悪くもだと思います。私はそう思います。
② 武藤澄香――「推す側」
欲望おじ久保田の娘である19歳の大学生。大学生活や人間関係、自分自身の性格などに悩みながら生きています。そんな彼女が、ある新人アイドルに惹かれていきます。最初は単純な「好き」だったものが、次第に、「この人を応援したい」 「この人が成功してほしい」 「この人を好きな自分でありたい」という感情へと変化していきます。そして、ファンダムというコミュニティの中に入ることで、単にアイドルを好きになるだけではなく、自分自身の居場所や人とのつながりまで得ていくことになります。ここが、この作品のかなり重要なところだと思います。「推し」は単なる娯楽の対象ではなく、
自分が何者なのかを確認するための存在
にもなっていく。この子はまさか自分がアイドルに周りが見えなくなるくらいハマるなんて去年の自分には想像できない!というようなタイプのはまり方をしてしまいます。「してしまいます」というネガティブな表現をしたのは仕掛人は定期的にリモートで会話する欲望の塊おじ久保田です。実の親が仕掛けたメガチャーチ戦略に我が娘がハマっていったのです。それも娘の私生活のことは何もわかっていないのでバコスカはめられていきます。
澄香、自身はおそらく、若い特有のプライドもあり色々ミスっていきます。それも良くも悪くもです
③ 隅川絢子――「推しを失う側」
35歳の非正規雇用で働く女性。彼女もまた、若手俳優を熱心に応援しています。生活に余裕があるわけではない。それでも推しに時間やお金を使う。なぜそこまでしてしまうのか。それは単純な浪費ではなく、彼女にとって推し活が人生の支えや、生きていくための意味になっているからです。ところが、ある出来事によって彼女の「信じていたもの」が大きく揺らぎます。ここから物語は、
「信じていたものを失った人間は、次に何を信じるのか」
という方向へ進んでいきます。そして、推し活、コミュニティ、陰謀論、カルト的な思想などが、意外なところでつながっていきます。
もう、こうなってしまうとやばいです。でも私は、登場人物の中では一番幸せな人だと思いました。信じるものをずっと持ち続けれるのは、自分自身は幸せだと思います。しかし、絢子は少しだけ心のどこかに赤信号が出ているように思いました。なので中途半端に信じることほど辛いことはないと思うので私は一番不幸になったと判断しました。というか周りの環境にあまり良くない人が集まりがちな気がします。しかし、それは現代社会においては、言い訳判定が下るのでどうしようもないです。こればっかりは自分でエスケープ・ザ・メガチャーチするしかないです。最後に色々あったのですが、まだ35歳で若いので、この物語の向こう側では幸せになっていってほしいと思います。応援してます
この3人が描いているもの
この小説の面白さは、3人がそれぞれ、「熱狂する人」 「熱狂させる人」 「熱狂の対象を失った人」という違う立場にいることです。そして3人を通して、人間は何を信じるのか?という一つのテーマが浮かび上がってきます。
「メガチャーチ」というタイトルの意味
「メガチャーチ」は、本来は非常に大規模な教会を指す言葉です。ところが、この小説の舞台は教会ではありません。アイドルとファンによって形成される「ファンダム」そのものを、巨大な教会のように見立てているわけです。例えば、
- 「推し」を信じる
- 推しのためにお金を使う
- 推しの成功を自分の成功のように感じる
- 同じ推しを持つ人と仲間になる
- 推しのためなら時間や労力を惜しまない
- 推しを他人にも広める
- 「推しを応援すること」に人生の意味を見いだす
こうした行動は、宗教における「信仰」と似た構造を持っています。だからタイトルの「メガチャーチ」は、
「アイドルを信仰する巨大な共同体」
という意味合いを持っていると考えると分かりやすいです。メガチャーチという言葉自体、知らなかったので3人の人生を犠牲に私は勉強になりました。
この作品で特に重要なテーマ
① 「好き」は本当に自分自身の意思なのか
作品では、「自分が好きだから推している」という感覚そのものに問いを投げかけます。本当に自分で選んだのか。それとも、
「好きになるように作られた環境」の中で、自分で選んだと思っているだけなのか。
これは広告、SNS、YouTube、インフルエンサーなどにもつながる非常に現代的なテーマです。
② 推し活は「搾取」なのか、それとも「救い」なのか
この作品は単純に、「推し活=悪」とは描いていません。むしろ推しによって救われている人もいます。孤独だった人が仲間を得る。生きる理由を見つける。毎日を頑張る理由になる。そう考えると、外側から見れば「お金を使わされている」ように見えても、本人にとっては人生に必要なものだったりします。ここにはかなり難しい問題があります。
③ 「物語」は人を動かす
本作では、「物語」が非常に重要です。単純に商品を売るのではなく、
「この人を応援することで、何か素晴らしい物語の一員になれる」
と思わせる。これはアイドルだけではありません。
- スポーツ
- YouTube
- 政治
- 宗教
- SNS
- クラウドファンディング
- 商品マーケティング
など、現代社会のいろいろなところに存在します。朝井リョウさん自身も本作について、ファンダム経済を舞台にしていることを説明しています。
④ 「居場所」を求める人間
3人とも形は違いますが、
「自分の居場所」という問題を抱えています。会社。家族。大学。ファンダム。ネット上のコミュニティ。人間は、自分が必要とされている場所を求めます。そして、その「居場所」を提供してくれるものに対して、人は非常に強い愛着を持つ。だからこそ、そこにビジネスが入り込むと非常に強力な仕組みになります。
⑤ 「信じるもの」を失った人間はどうなるのか
隅川絢子の存在によって、この作品は単なる「推し活小説」からさらに広がります。推しを信じる。コミュニティを信じる。誰かの言葉を信じる。そして、その対象を失ったとき、人は別の「信じられるもの」を探す。この流れが、陰謀論やカルト的な世界観にもつながっていきます。
私自身も2025年の大阪・関西万博で200万以上使ってるのですが、その時の私は完全にイン・ザ・メガチャーチしてました。でも、イン・ザ・メガチャーチしてる時は本当に楽しかったので澄香と絢子はおそらく楽しいんだと思います。寝る前に少しお金使いすぎたかな?と少し思いますが、寝て起きたら脳の充電もリセットされて次の日も始発で万博に行ってたので、もう誰にも止められません。そんな感じになるので、僕は「良くも悪くも」という表現を使います。
とにかく、私は読んでいて他人事と感じられなくて愛着湧いて本をほっぺにすりすりしました。
출처: note 원문
번역: Gemma 3(.44) 초벌 + 교정 검수
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