映画『バックルームズ』を鑑賞した。
観る前は、いわゆるリミナルスペースを使ったネット発のホラー映画というイメージを持っていた。
しかし、実際に観てみると想像していたもの以上の映画を観た。
怪物から逃げ、出口のない異空間をさまようという意味では確かにホラーなのだが、その奥では、
人間の意識とは何か。人は現実をどのように認識しているのか。
という、かなり哲学的で抽象的な問いを扱っている。
感覚的には、『インセプション』と『青鬼』を合わせたような映画だった。
ホラーというジャンルを借りながら、空間そのものを使って思想を表現している。
バックルームズはネット発ホラーの域を遥かに超えていた。
人間の意識を「部屋」にする
この映画で特に面白かったのが、人間の意識を部屋として表現していたことだ。
人は大人になるにつれて傷つき、自分を守るために心理的な壁を作る。
そして壁を作れば、人との間には距離が生まれる。
その距離によって同じ考え方、同じ行動を繰り返し、結局また同じ結果へ戻ってくる。
この人間の心理的な循環が、部屋、壁、そしてループというバックルームズそのものになっているように見えた。
出口が分からない迷宮を歩き続けることは、自分の思考や行動のパターンから抜け出せないことにも似ている。
だから、この映画で本当に恐ろしいのは怪物ではないのかもしれない。
自分自身の意識の中から出られなくなること。
それこそがバックルームズで映し出される恐怖なのではないかと思った。
「何を意味するのか」と「何が起きているのか」
さらに面白いのが、この異常な空間を一つの方法だけで理解しようとしないことだ。
映画では大きく分けて、心理的な側面と科学的な側面からクラークが入り込んだ空間を観察しようとする。
心理的な側では、「この空間は何を意味するのか」を見る。
一方、科学的な側では空間に存在するオブジェクトを測定し、「ここでは何が起きているのか」を理解しようとする。
同じ部屋を見ているのに、一方は意味を読み、もう一方はデータを測定する。
主観と客観。
解釈と計測。
この二つの視点が並べられているのが面白かった。
人間の内面は、数字として測れば理解できるのか。
それとも、その人にとって何を意味しているのかを考えなければ理解できないのか。
バックルームズという異常空間は、人間そのものを考えるための実験室にもなっている。
過去を歪めれば、空間も歪む
その考え方が最も分かりやすく現れていたのが、家具店の店長クラークだった。
クラークは、自分にとって都合の悪いことを忘れ、問題の原因を外へ押し付ける。
彼は過去をそのまま受け入れるのではなく、自分が受け入れられる形へと歪めている。
そして、彼がたどり着く空間では、人や物まで歪んでいる。
まるで、彼が歪めて認識している過去が、そのまま空間として現れているようだった。
そして最後には、自分自身を肥大化させたような怪物によって殺される。
ここにはかなり強い皮肉を感じた。
クラークは怪物に殺されたというより、
逃げ続けた結果、肥大化した自分自身に殺された。
バックルームズが人の意識を映す場所なのだとすれば、かなり残酷な結末だったと思う。
シュールレアリズムを歩ける空間にする
バックルームズの造形も印象的だった。
家具が地面に埋まっていたり、人や物の形が奇妙に崩れていたりする。
そこにあるもの自体は見慣れている。
しかし、本来あるべき位置や形から少しずれている。
それを見ながら、シュールレアリズムの絵画を、そのまま歩ける空間にしたようだと思った。
シュールレアリズムでは、日常的なものを不自然な場所や関係の中に置くことで、夢や無意識のような世界を作り出す。
『バックルームズ』では、それを一枚の絵ではなく巨大な空間としてやっている。
だから、見たことがあるのに、こんな場所は知らない。という奇妙な感覚が生まれる。
現実を再現しているというより、記憶や意識を一度通過したあとに再構築された世界のようだった。
直線が多いから、カメラを傾けるだけで怖くなる
映像面でもかなり面白かった。
通常の映画部分では横長の画面だが、ビデオカメラの映像になると画面が正方形に近づき、POV視点になる。
さらにカメラが手持ちになるため、画面が大きく傾く。
ここで効いているのが、バックルームズという空間には直線が非常に多いことだ。
壁、床、天井、廊下。
通常なら水平と垂直に並んでいる線が、カメラが傾いた瞬間にすべて斜線へ変化する。
水平・垂直から斜線へ。
それだけで画面強度が一気に上がり、空間が急激に不安定になる。
もともとの空間が直線的だからこそ、カメラを少し傾けるだけで視覚的な変化がはっきりと分かる。
逆に、その直線だらけの空間の中で目立っていたのがケーブルだった。
ケーブルは、この映画では珍しい明確な曲線だ。
直線で作られた無機質な部屋の中を、曲線が這っていく。
部屋を意識と考えるなら、部屋同士をつなぐ神経のようにも見えてくる。
Blenderから始まった映画監督
そして、この映画をさらに面白くしているのが、監督ケイン・パーソンズのバックグラウンドだ。
パーソンズは2005年生まれ。2020年、14歳のころにBlenderを独学し始めた。本人は『Portal』や『Half-Life』から大きな影響を受けたと話している。2022年には16歳で『The Backrooms (Found Footage)』をYouTubeに投稿し、それが今回の長編映画へとつながった。
つまり彼は、映画学校で長年映画制作を学んでから監督になったのではない。
ゲームを遊び、3DCGで世界を作り、YouTubeに作品を投稿するところから映画監督になった。
この出自は、『バックルームズ』という映画とかなり相性がいい。
彼は「物語を撮る人」である以前に、空間そのものを作る人だったのだと思う。
CGで作った空間を、今度は現実に作る
YouTube版のバックルームズ内部は、主にBlenderで作られているらしい。
しかし、長編映画では、パーソンズはBlender上で映画のセットを設計し、その設計をもとに約3万平方フィートの実物セットを建てた。
映画全体についてもBlender上でショットリストやプリビズを作っており、完成したセットはCG上の設計とほぼ一対一だったという。
この制作方法がものすごく面白い。
YouTube時代は、存在しないCG空間を、現実のように見せる。
そして長編映画では、CGで設計した存在しない空間を、本当に現実世界へ作ってしまう。
実写なのかCGなのか。
現実なのか作られたものなのか。
その境界自体が曖昧になっている。
そして、その制作方法そのものが、映画のテーマと重なっているように感じる。
父はゲームプログラマーで母はセラピスト
パーソンズの家庭環境も興味深い。
Los Angeles Timesのインタビューによれば、父親はビデオゲームのプログラマーで、母親はセラピストだった。
父親からはSFや奇妙な物語への関心を受け継いだと本人も話している。また、本作でレナーテ・レインスヴェが演じるメアリーもセラピストだ。
もちろん、
父親がプログラマーだから科学的な側面があり、母親がセラピストだから心理的な側面がある
と単純に結論づけることはできない。
そこまで本人が語っているわけではない。
ただ、このバックグラウンドを知ったあとで映画を見ると少し面白い。
この作品には、空間を構築し、その構造を理解しようとする視点と、人間の内面に入り、その意味を理解しようとする視点の両方が存在する。
それが偶然なのか、育った環境から自然に吸収されたものなのかは分からない。
それでも、監督の出自を知ることで、この映画の「科学と心理」という二面性がさらに興味深く見えてきた。
核となる思想がある映画は強い
最初はYouTube発のホラー映画だと思っていた。
でも、観終わってみれば印象はまったく違う。
バックルームズというシンプルなアイデアを使いながら、
記憶、認識、心理的な壁、ループ、主観と客観、現実と虚構
まで扱っている。
だから見応えがある。
怪物が怖いからでも、セットが巨大だからでも、CG技術がすごいからでもない。
それらすべてを貫く、核となる思想があるからだ。
ケイン・パーソンズは、ネットで生まれたアイデアをそのまま映画館へ持ってきたのではない。
仮想空間上で生まれた空間に、自分なりの思想を入れ、映画という形式へ変換した。
長編デビュー作でここまでやる。
『バックルームズ』を観終わったあと、怪物以上に恐ろしく感じたのは、
ケイン・パーソンズという若い監督の才能だった。
출처: note 원문
번역: Gemma 3(.44) 초벌 + 교정 검수
원문 보기 | 출처: note.com