アンリ・カガン(Henri B. Kagan)は、鏡像関係にある2種類の分子のうち一方だけを選んでつくる「不斉触媒」の分野を切り開いてきたフランスの化学者です。パリ南大学(現パリ・サクレー大学)の名誉教授を務めています。2026年10月7日、スウェーデン王立科学アカデミーは、カガンと東京理科大学の硤合憲三に2026年のノーベル化学賞を贈ると発表しました。賞金は二人で等分されます。授賞理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見」です。カガンは1986年、触媒に含まれる鏡像体の偏りよりも、生成物の偏りのほうが大きくなる「非線形効果」を発見しました。この発見が、硤合の不斉自己触媒反応につながっていきます。受賞時の年齢は95歳です。
パリで化学を学ぶ
カガンは1930年12月、パリ近郊のブローニュ=ビヤンクールで生まれました。パリ大学理学部(ソルボンヌ)とパリ国立高等化学学校で学び、コレージュ・ド・フランスで博士論文に取り組み、1960年に博士号を取得しました。1967年にパリ大学オルセー理学部(のちのパリ南大学)で自身の研究グループを立ち上げ、以後、40年近くにわたって同大学で研究を続けました。
「不斉合成」とは何か
分子の中には、右手と左手のように、鏡に映すとそっくりでも重ね合わせることのできない2つの形をもつものがあります。この2つを鏡像異性体(エナンチオマー)と呼びます。生命の分子は片方の手だけでできています。そのため、薬や香料、農薬など、生き物に働きかける分子では、どちらの手かによって効き方が大きく変わることがあります。一方が薬として働き、もう一方が効かなかったり害をもたらしたりすることもあります。ところが、ふつうの化学反応では、右手型と左手型が同じ量ずつできてしまいます。一方の鏡像体だけを選んでつくる方法を「不斉合成」と呼び、その鍵を握るのが、反応の向きを決める「不斉触媒」です。
1971年、DIOP配位子を開発
不斉触媒の多くは、反応を進める金属と、その周りに結合して形を決める有機分子(配位子)からできています。カガンは1971年、ロジウム触媒に組み合わせる新しい配位子「DIOP」を開発し、1972年に論文で報告しました。DIOPは、180度回転させても同じ形になる「C2対称」という性質をもつ配位子です。C2対称の配位子という考え方は、その後の不斉触媒の設計に大きな影響を与え、多くの配位子が生まれるきっかけになりました。2001年にノーベル化学賞を受けた野依良治のBINAP配位子も、C2対称をもつ配位子の代表例です。
ヨウ化サマリウムで有機合成を広げる
カガンは、希土類元素(ランタノイド)を有機合成に使う研究でも知られています。1980年、カガンらは、ヨウ化サマリウム(SmI₂)を穏やかな条件で簡単につくる方法を報告しました。ヨウ化サマリウムは、分子と分子をつなげたり、特定の部分を選んで還元したりする試薬として、世界中の有機化学の研究室で広く使われるようになりました。
比例するという常識
1980年代初め、不斉触媒の研究者は、できるだけ純粋な一方の鏡像体を触媒に使っていました。触媒に右手型と左手型が混ざっていれば、生成物にも同じ割合で混ざると考えられていました。つまり、触媒の偏りと生成物の偏りは比例する(線形の関係にある)というのが常識でした。カガンは、この前提を疑いました。触媒の中で金属が少なくとも2つの配位子と結びつくなら、右手型どうし、左手型どうし、右手型と左手型という3種類の触媒ができるはずだと考えたのです。
1986年、非線形効果を発見
カガンらが実験してみると、右手型と左手型が組み合わさった触媒は、反応をずっと遅くしか進めませんでした。その結果、生成物の偏りは触媒の偏りより大きくなりました。触媒の偏りと生成物の偏りの関係をグラフにすると、直線ではなく曲線になります。これが「非線形効果」です。カガンらは1986年、不斉酸化反応などの3つの反応でこの効果を報告しました。1953年に英国のチャールズ・フランクは、生命のホモキラリティー(片方の手だけでできていること)が生まれるための3つの条件を理論で示していました。ノーベル財団は、カガンの発見がそのうち2つ目の条件、つまり一方の鏡像体の生成を強め、他方を抑える仕組みを満たしたと説明しています。
硤合憲三へとつながる
非線形効果の発見は、多くの化学者を新しい研究へと向かわせました。その一人が、東京理科大学の硤合憲三でした。硤合は、大きな非線形効果を示す反応を調べるなかで、生成物が自分自身の触媒になる不斉自己触媒反応(Soai反応)を見つけ、1995年に報告しました。フランクの3つ目の条件である自己触媒が、ここで満たされました。カガンの発見と硤合の発見は、30年以上の時を経て、同じノーベル賞で結ばれることになりました。
反応の仕組みを知る道具として
非線形効果は、純粋な鏡像体をつくるための手段であるだけではありません。ある反応で非線形効果が見られるかどうかを調べると、触媒が分子の中でどのように集まり、働いているのかが分かります。この情報は、反応を改良して、より純粋な鏡像体を得るために役立ちます。医薬品、香料、農薬など、生き物に働きかける物質をつくる企業にとって、非線形効果は重要な道具になっています。
効果が見られない反応もある
非線形効果は、すべての不斉触媒反応で見られるわけではありません。触媒が複数の配位子と結びつかない反応や、触媒どうしが集まらない反応では、触媒の偏りと生成物の偏りはほぼ比例します。また、非線形効果だけで生命のホモキラリティーの起源が説明できるわけではありません。最初の偏りを一気に増幅するには、硤合が見つけた自己触媒の仕組みが必要でした。
2001年、ノーベル賞から外れた先駆者
2001年のノーベル化学賞は、不斉触媒反応の研究で、ウィリアム・ノールズ、野依良治、バリー・シャープレスの3人に贈られました。カガンは不斉触媒の先駆者の一人と見られていたため、受賞者に含まれなかったことは議論を呼びました。ノーベル賞は1つの分野で最大3人までしか受賞できないためです。同じ2001年、カガンは野依、シャープレスとともにウルフ賞化学部門を受けています。
主な受賞歴と日本とのつながり
カガンはフランス科学アカデミーの会員で、フランス国立科学研究センター(CNRS)の銀メダル、プレローグ・メダル、テトラヘドロン賞、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエなどを受けています。2005年には、米フランクリン協会のバウアー賞を受賞しました。日本とのつながりも深く、名古屋メダル(Nagoya Medal of Organic Chemistry)、日本学術振興会のJSPS Award for Eminent Scientists、野依良治賞(Ryoji Noyori Prize)を受けています。そして2026年、95歳で硤合とともにノーベル化学賞を受賞しました。
アンリ・カガンは何を変えたのか
カガンは、DIOP配位子の開発によって、C2対称の配位子を使う不斉触媒設計の流れをつくりました。さらに1986年、触媒と生成物の偏りが比例するという常識を覆し、非線形効果を発見しました。この発見は、反応の仕組みを調べる道具となり、純粋な鏡像体をつくる技術を前進させました。非線形効果は、硤合の不斉自己触媒反応へとつながり、生命がなぜ片方の手だけでできているのかという謎を、化学の言葉で考える道を開きました。カガンの研究では、誰もが当然と考えていた前提を問い直し、不斉触媒の設計と理解の両面で新しい道を開いてきたことが確認できます。【関連リンク】■ 主な論文・Puchot, Samuel, Duñach, Zhao, Agami & Kagan (1986) “Nonlinear effects in asymmetric synthesis. Examples in asymmetric oxidations and aldolization reactions”, Journal of the American Chemical Societyhttps://doi.org/10.1021/ja00269a036・Kagan & Dang (1972) “Asymmetric catalytic reduction with transition metal complexes. I. Catalytic system of rhodium(I) with (-)-2,3-O-isopropylidene-2,3-dihydroxy-1,4-bis(diphenylphosphino)butane, a new chiral diphosphine”, Journal of the American Chemical Societyhttps://doi.org/10.1021/ja00773a028・Girard, Namy & Kagan (1980) “Divalent lanthanide derivatives in organic synthesis. 1. Mild preparation of samarium iodide and ytterbium iodide and their use as reducing or coupling agents”, Journal of the American Chemical Societyhttps://doi.org/10.1021/ja00528a029・Guillaneux, Zhao, Samuel, Rainford & Kagan (1994) “Nonlinear Effects in Asymmetric Catalysis”, Journal of the American Chemical Societyhttps://doi.org/10.1021/ja00100a004■ 受賞者情報(ノーベル財団)・Henri B. Kagan – Facts – 2026(NobelPrize.org)https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2026/kagan/facts/■ 参考サイト・ノーベル賞 公式サイト(The Nobel Prize)https://www.nobelprize.org/・Press release: Nobel Prize in Chemistry 2026(NobelPrize.org)https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2026/press-release/・Popular information: They solved chemistry’s asymmetric mystery(NobelPrize.org)https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2026/popular-information/・Henri B. Kagan | The Franklin Institute(2005年 バウアー賞)https://www.fi.edu/en/awards/laureates/henri-b-kagan・Henri Kagan | Académie des scienceshttps://www.academie-sciences.fr/fr/Liste-des-membres-de-l-Academie-des-sciences-/-K/henri-kagan.html・2001年ノーベル化学賞(野依良治ほか)https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2001/summary/
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・会社に意見を言えるのは「4億円持つ人」だけ?─株主提案権の制限に反対します Change.org
・Reuters「Once shunned, activist investors dig in to win in Japan」
https://www.reuters.com/sustainability/boards-policy-regulation/once-shunned-activist-investors-dig-win-japan-2026-04-21/
・Reuters「Activist threat pushes Japanese companies to unwind cross-shareholdings」
https://www.reuters.com/sustainability/sustainable-finance-reporting/activist-threat-pushes-japanese-companies-unwind-cross-shareholdings-2026-03-09/
・The Japan Times / Reuters「LDP plans tighter oversight of disclosures by activist investors」
・日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」
・金融庁「Finalization of the Corporate Governance Code 2026 Revision」
・Wikipedia「株主提案権」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%AA%E4%B8%BB%E6%8F%90%E6%A1%88%E6%A8%A9
・株主提案できる条件「議決権300個」を廃止する自民党提言に環境団体が猛反発、巨大企業に対する「チェック機能喪失」の危機 - ダイヤモンドオンライン
・【小林ふみあき議員に捧げる批判】 株主の権利は、誰のために奪われるのか自民党「成長志向型ガバナンス」を検証する全20回【第18回】海外投資家は日本市場をどう見るか 株主の権利を狭める 国で、少数株主は本当に守られるのか
■当社代表プロフィール山中 裕(やまなか・ゆたか)
1976年東京都文京区生まれ、練馬区育ちの日本を代表する投資家。ADHDや難読症に苦しみながらも、独自の学習法を開発し、東京大学経済学部を総代で卒業後、コロンビア大学大学院(金融工学)修士号取得、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に留学。
保谷硝子(現HOYA株式会社)創業者のひとり、山中茂の孫。世界的にも「テクノロジーのわかるアクティビスト」と評される一方、地道な銘柄研究により、2010年代初頭にNVIDIAに着目したほか、ブロードコムや、TSMC、モンスター・ビバレッジ、ノボノルディスクなどの銘柄を早期に発掘して、投資を実行し、極めて高いリターンをあげることに成功した。
日本国内では、株主提案実務を牽引し、2010年、HOYAに創業家株主として15議案の株主提案を提出。役員報酬の個別開示(45パーセント強の賛成)、社外取締役のみの経営会議設置、株主提案説明文字数の拡大(4,000字)など、ガバナンス改革を求める内容で、ISS・Glass Lewis・日本プロクシー・ガバナンス研究所の3社すべてから、複数の議案で、賛成推奨を受け、2011年にはハーバード大学法科大学院で講演し、その後も、みずほFG・MUFG・りそなHDなどでも40%台の支持を集める株主提案を実施した。
株主補助参加人として参画したハイアス・アンド・カンパニー(現くふう住まいコンサルティング)損害賠償請求事件で、2025年勝訴判決を得るなど、少数株主の権利行使でも実績を重ねる。現在、徳島県美馬市の株式会社河野メリクロンの筆頭株主としてスマート農業に注力。コーカサス地方のジョージア(トビリシ)では農業・病院・学校経営を展開し、代理出産などを含む医療サービスも手がけている。
投資ブラザーズ合同会社共同代表社員、少数株ドットコム株式会社共同創業者兼会長。世界の上場企業1,000社超、非上場企業200社超の株主。座右の銘は故・柴田保光投手の「チャンピオンに立ち向かって勝つことがプロの目標のひとつ」。30年来の日本ハムファイターズファンでもある。
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번역: Gemma 3(.44) 초벌 + 교정 검수
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