2026年のノーベル化学賞は「不斉触媒における非線形効果と不斉自己触媒作用の発見」で、Henri B. Kaganと硤合憲三先生が受賞されました。昨年の北川先生に続き、2年連続で日本人研究者が化学賞を受賞したことは、とても喜ばしいことです。
今回はその内容を解説します。が、今回の受賞内容は少々特殊なテーマです。そこで、最低限押さえておきたいところをまとめた「一般向け」と、反応や機構までより専門的に掘り下げた「化学徒向け」に分けて紹介したいと思います。私の専門は化学、特に有機合成 / 有機金属錯体系です。
【解説前に:勘違いされやすいところ】
・「医薬品製造などで狙った鏡像異性体を作るための新しい反応だ」という解説も見かけますが、今回の受賞の中心は「汎用的な合成法を開発した」というものではありません。その説明はむしろ2001年のノーベル化学賞「キラル触媒による不斉水素化反応および不斉酸化反応の研究」に近いものです。特にSoai反応は使える分子がかなり限られており、「微小な左右差を、化学反応によってここまで大きく増幅できる」という原理を実際の反応で示した、基礎化学としての側面が大きい研究です。
・生命の片手性が生じたメカニズムを確定させた研究でもありません。わずかな偏りから一方の鏡像異性体を増幅し、場合によってはほぼ片方だけにできる化学系が実際に存在することを示した、いわば1つのproof of concept(原理実証)です。Soai反応そのものが、地球上の生命の片手性を生んだ反応だったという意味ではありません。
■参考:2001年のノーベル化学賞に関連した解説👇
https://x.com/zatsugakuinu/status/2030895376094670872
【一般向け解説】
ではまず、前提として押さえておくべきことから行きましょう。分子の中には、右手と左手のように鏡映しの関係にありながら、どう回転させても重ならない2種類の形を持つものがあります。これを「鏡像異性体」と呼びます。ここではR型とS型としておきます。
生命は、このR型とS型を半々に使っているわけではありません。例えばタンパク質を構成するキラルなアミノ酸や、DNA・RNAを構成する糖は、ほぼ一方の鏡像異性体にそろっています。
一方、左右を選ぶ要因がない化学反応では、基本的には両方が同じ程度できます。通常は、ただ反応を回すだけでは一方へ大きく偏りません。
では、この偏りはどのように生まれたのでしょうか。
ほとんど半々の状態から、化学反応によって片方を大きく増やすことはできるのでしょうか。例えば51:49程度のわずかな差を、99:1のような大きな差へ育てることはできるのでしょうか。
この偏りの大きさを表すのが「鏡像体過剰率(ee)」です。R:S=50:50なら0% ee、100:0なら100% eeです。今回のノーベル化学賞は、まさにこのような小さな左右差が、化学反応の中でどのように増幅されうるのかに関わる研究です。
① Kaganの「非線形効果」とは?
化学反応には「触媒」と呼ばれる、反応を進みやすくする物質があります。その中にはR型を作りやすいものと、S型を作りやすいものがあります。普通に考えれば、触媒の左右の偏りが大きくなれば、生成物の偏りはそれに比例するはずです。
ところが1986年、Henri B. Kaganらは、実際にはこの関係が単純な比例にならない場合があることを示しました。触媒のR型が少し多いだけなのに、生成物ではR型が予想以上に多くなることがあったのです。これが「非線形効果」です。
なぜこんなことが起こるのでしょうか。ポイントは、触媒となる分子が1個ずつ独立して働くとは限らないことです。RとR、SとS、RとSのように複数の分子が組み合わさり、その組み合わせによって反応の進めやすさが変わることがあります。
例えばR触媒とS触媒が組み合わさったR-Sが、R同士やS同士で組んだものより働きにくい場合、少数派のSは多数派のRと組むことで反応に参加しにくくなります。すると実際に反応を進めている集団では、もとの状態以上にR型が優勢になり、生成物もR型へ強く偏ります。
Kaganの研究によって、小さな左右差が、分子同士の組み合わせによって増幅される場合があることが明確になりました。
ただしもちろん、基本的には反応を1度回して終わりです。
では、この「小さな左右差を大きくする働き」を一回の反応で終わらせず、何度も何度も利用することが出来ればどうなるでしょうか。
② 硤合先生の研究
硤合先生が発見したのが、先ほど説明した「非線形効果」と「できたものが自分自身をさらに作る触媒になる(自己触媒)」という仕組みが、同じ反応の中で結びついた系です。これがSoai反応です。
まず、Soai反応では非線形効果が強く現れます。例えば5% eeしかないわずかな左右差を持つ触媒系でも、新しくできた生成物は55% eeまで一方に偏ります(その細かな仕組みについては現在も複数の説明があります)。
そしてここからが重要なポイントです。
この反応は自己触媒系です。即ち、その55% eeになった生成物自身を触媒として、新しい反応系を回すことができます。このときの触媒は先ほど説明した通り、非線形効果により最初の触媒よりも偏りが増幅されています。これを繰り返すことで、次は87% eeへ、さらに反応を繰り返すことで90% eeまで左右差を大きくできました。
非線形効果によって左右差が大きくなっても、それだけで生成物が次の同じ反応の触媒になるわけではありません。また、自己触媒という性質だけでは、RとSの比率がさらに偏るとは限りません。
しかし、この「非線形効果」と「自己触媒」を組み合わせることで、大きくなった偏りが次の入力になり、増幅が連鎖するのです。「わずかな左右差を大きくする非線形効果」と、「できたものが自分自身をさらに作る自己触媒」が組み合わさることで、左右差そのものを繰り返し増幅していくことができるのです。
ちなみにその後さらに強力な系も見つかり、わずか0.00005% eeという極めて小さな左右差から、3回の反応で99.5% eeを超えるまで増幅できることも示されました。0.00005% eeは、左右の差としてはおよそ200万分の1に相当します。ほとんど差がないところから、反応を繰り返すことで、ほぼ一方だけの状態まで偏らせることができたのです。
③ この研究は何を示したのか?
では、最初の疑問に戻ります。ほとんど50:50しかない状態から、化学反応によって片方へ大きく偏らせることはできるのでしょうか。
硤合先生の研究は、少なくとも特定の化学反応では「できる」ことを示しました。最初に大きな左右差を用意しなくても、ごくわずかな差を出発点として、それをほぼ一方だけの状態まで増幅できるのです。
これは生命の「片手性」を考える上でも大きな意味を持ちました。生命を構成する分子がなぜ一方の型にそろったのかは、現在も完全には分かっていません。しかし、最初から大きな左右差が存在しなくても、ごく小さな偏りを化学反応によって増幅し、ほぼ一方へそろえる仕組みが現実に存在することが示されました。
ただし繰り返しますが、生命が実際にSoai反応と同じ仕組みで現在の状態になったことを示したわけではありません。答えそのものを見つけたというより、「こんなことが化学的に本当に起こりうる」という重要な可能性を実験によって示した研究です。Soai反応は「自己触媒型の不斉反応」に加えて「Zn触媒種の会合に由来する非線形効果」が組み合わさった、不斉増幅の顕著さでいえば、
「「「現在でも」」」かなり「「「異例で孤立した反応」」」です。
ここで、2001年のノーベル化学賞との違いも整理しておきます。2001年にWilliam S. Knowles、野依先生、K. Barry Sharplessが受賞したのは、「触媒的不斉合成」の発展でした。Knowlesと野依先生はキラル触媒による水素化反応、Sharplessはキラル触媒による酸化反応で受賞しています。簡単にいえば、欲しい側を優先して作る技術です。医薬品などの合成にも大きな影響を与えた、非常に実用性の高い研究でした。
それに対して今回の研究で中心となったのは、「どうすれば欲しい側を選んで作れるか」ではありません。「ほとんど左右差のないところから、その小さな差はどうすれば大きく育つのか」という、より根本的な問題です。
2001年の受賞研究が「人間が狙った側を選んで作る化学」を大きく発展させたものだとすれば、今回の研究は「ごく小さな左右差が、分子同士の相互作用と自己増幅によって、どうやって大きな左右差へ育ちうるのか」を示した研究だと考えると分かりやすいと思います。
生命がなぜ片方を選んだのか、その答えが出たわけではありません。それでもほとんど差のないところから、目に見えないほど小さな偏りが増幅され、最後にはほぼ一方へそろっていく。そんな現象が机上のモデルだけではなく、実際の化学反応として存在することを示したところに、今回の研究の大きな魅力があると思います。
一般向けの解説はここまでです。以下はもしご興味があればどうぞ。
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【化学徒向け解説】
ここからは一般向けでは省いた実際の反応系と、その後の機構研究をもう少し詳しく見ていきます。今回の受賞を化学的に理解する上で重要なのは、Kaganが示した「キラル触媒種の会合による非線形な不斉増幅」と、硤合先生が実現した「その増幅を自己触媒によって繰り返す反応系」が、どのようにつながったのかです。
① Kaganが1986年に示したもの
Kaganらは1986年、Ti(O-i-Pr)₄/酒石酸ジエチル(DET)系によるスルフィドの不斉酸化、Sharpless不斉エポキシ化、L-prolineを用いるHajos–Parrish反応について、キラル源のeeと生成物のeeの関係を調べました⁽¹⁾。 その結果、スルフィド酸化とHajos–Parrish反応では−NLE、Sharpless不斉エポキシ化では+NLEが現れ、キラル源のeeと生成物のeeが単純な比例関係にならないことを示しました。原論文では実際に、キラル補助剤のeeを横軸、生成物のeeを縦軸に取り、線形関係から外れる様子が示されています。
その機構として重要なのが、複数のキラル配位子からなる触媒種です。例えばML₂型の系なら、M(Lᴿ)₂、M(Lˢ)₂というhomochiral speciesだけでなく、M(Lᴿ)(Lˢ)というheterochiral speciesも生じます。homochiral speciesとheterochiral speciesはジアステレオマーの関係にあり、安定性や反応性が異なり得ます。heterochiral speciesの反応性が低ければ、少数派の鏡像異性体が多数派と組んで低活性種へ取り込まれ、実際に反応を担う触媒集団は仕込み以上に多数派へ偏ります。その結果として+NLEが生じ得ます。逆にheterochiral speciesの方が高活性なら、−NLEを与えることもできます。
したがってNLEは、単なる「不斉増幅の方法」ではありません。eeの非線形性を調べることで、溶液中の触媒種の会合状態や相対反応性、反応に何分子のキラル成分が関与しているのかを推定する機構解析の道具にもなります。Kaganら自身も、NLEからligand exchangeやaggregation、反応のmolecularityについて情報が得られることを指摘しており、その後Blackmondらによって、反応速度とNLEを組み合わせた解析がさらに発展しました⁽²⁾⁽³⁾。
参考文献
- Puchot, C.; Samuel, O.; Duñach, E.; Zhao, S.; Agami, C.; Kagan, H. B. Nonlinear effects in asymmetric synthesis. Examples in asymmetric oxidations and aldolization reactions. J. Am. Chem. Soc. 1986, 108 (9), 2353–2357. https://doi.org/10.1021/ja00269a036
- Blackmond, D. G. Mathematical models of nonlinear effects in asymmetric catalysis: New insights based on the role of reaction rate. J. Am. Chem. Soc. 1997, 119 (52), 12934–12939. https://doi.org/10.1021/ja973049m
- Blackmond, D. G. Kinetic aspects of nonlinear effects in asymmetric catalysis. Acc. Chem. Res. 2000, 33 (6), 402–411. https://doi.org/10.1021/ar990083s
② 不斉増幅を伴う自己触媒へ
硤合先生らは1990年、pyridine-3-carbaldehydeへのi-Pr₂Zn付加において、生成するキラルな1-(3-pyridyl)alkanol自身から生じるZn alkoxideが、次の同じ反応を促進する不斉自己触媒反応を報告しました⁽¹⁾。 生成物自身が、i-Pr₂Zn存在下で次の同じ生成物を作る触媒系の一部になる反応です。
ただし、この段階では不斉は増幅されません。86% eeのアルコールから調製した触媒を用いて得られた新しい生成物は35% eeであり、自分自身を作ることには成功していても、キラル情報はむしろ薄まっていました。つまり、自己触媒性と不斉増幅は別の条件です。
転機となったのが1995年です。Soai、Shibata、Morioka、Chojiらはpyrimidine-5-carbaldehydeへのi-Pr₂Zn付加において、自己触媒作用と強い+NLEが同時に起こる系を発見しました⁽²⁾。反応の骨格は(加水分解後の生成物で表すと)、
pyrimidine-5-CHO + i-Pr₂Zn → pyrimidine-5-CH(OH)-i-Pr
です。
生成したpyrimidyl alkanol由来のZn種が次の反応を触媒し、しかも新しく得られる生成物のeeは出発時より高くなります。例えば5% eeの生成物由来触媒から55% eeの生成物が得られ、そこで得られた生成物を次の反応に用いると87% eeへ、さらに反応を繰り返すことで約90% eeまで増幅されました。
ここでKaganのNLEと自己触媒がつながります。通常の非自己触媒的なNLEでは、触媒と生成物は別物なので、増幅された生成物がそのまま次の同じ反応を進めるわけではありません。一方Soai反応では、増幅された生成物自身が次の触媒になるため、増幅されたキラル情報を次のサイクルへフィードバックできます。非線形効果が左右差を大きくし、自己触媒がその左右差を次の反応へ受け渡す。この2つが組み合わさることで、不斉増幅が連鎖するわけです。
参考文献
- Soai, K.; Niwa, S.; Hori, H. Asymmetric self-catalytic reaction. Self-production of chiral 1-(3-pyridyl)alkanols as chiral self-catalysts in the enantioselective addition of dialkylzinc reagents to pyridine-3-carbaldehyde. J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1990, 982–983. https://doi.org/10.1039/C39900000982
- Soai, K.; Shibata, T.; Morioka, H.; Choji, K. Asymmetric autocatalysis and amplification of enantiomeric excess of a chiral molecule. Nature 1995, 378, 767–768. https://doi.org/10.1038/378767a0
③ 0.00005% eeから >99.5% eeへ
Soai反応はその後、2-alkynylpyrimidine系へ発展し、不斉増幅能力がさらに大きくなりました。2003年には、初期eeがわずか0.00005%の2-alkynylpyrimidyl alkanolから、3回の連続不斉自己触媒反応によって >99.5% eeまで増幅できることが報告されています⁽¹⁾。
0.00005% eeは、R:Sに直せばおよそ50.000025:49.999975です。巨視的にはほとんど50:50にしか見えません。それでもこの反応系は極微小なキラル情報を拾い上げ、ほぼ一方の鏡像異性体だけの状態まで増幅できます。この3回の反応では、当初わずかに多数派だった鏡像異性体の量が約63万倍に増加しました。
この点が通常の高選択的不斉合成とはかなり異なります。高eeのキラル触媒から高eeの生成物を得るのではなく、ほぼゼロに近いキラル情報そのものを、反応系が増幅しているからです。
参考文献
- Sato, I.; Urabe, H.; Ishiguro, S.; Shibata, T.; Soai, K. Amplification of chirality from extremely low to greater than 99.5% ee by asymmetric autocatalysis. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42 (3), 315–317. https://doi.org/10.1002/anie.200390105
④ その後、機構について何が分かってきたのか
Soai反応の詳細機構は長く議論されてきましたが、生成物由来のzinc alkoxideが単量体だけでなく、複数分子からなるaggregateを形成することはかなり強く支持されています。
2015年には、2-alkynylpyrimidyl alkanol由来のzinc alkoxideについて、homochiral tetramerとheterochiral tetramerの結晶構造がX線構造解析で直接確認されました⁽¹⁾。 Zn₂O₂四員環を基本単位とする特徴的なtetramer構造で、同じ鏡像体だけからなる集合体とR/Sが混ざった集合体が、実際に異なる構造を取ることが示されました。
2020年にはAthavale、Simon、Houk、Denmarkらが速度論、分光学、DFTを組み合わせ、homochiralなSMS(square-macrocycle-square)型tetramerでは基質が反応に適した配置を取りやすく、heterochiral tetramerでは同じ配置が幾何学的に不利になるという機構モデルを提案しました⁽²⁾。 Kaganが一般論として示した、homochiral speciesとheterochiral speciesの反応性差によるNLEを、Soai反応の具体的な分子構造で説明するモデルです。
一方、Trappらはproduct zinc alkoxideと基質aldehydeから生じるtransient zinc hemiacetalateを中心とした別の機構を提案しています。
2025年にはこれらの中間体をin situ HRMSで追跡し、pyridyl系とpyrimidyl系で反応性が異なる理由についても、速度論と計算化学から詳しく解析しました⁽³⁾。 このモデルでは、単純にheterochiral aggregateが少数派を閉じ込めるだけではなく、会合平衡、hemiacetalate形成、i-Pr₂Znの取り込み、alkyl transferなどを含む反応ネットワーク全体が不斉増幅に関与すると考えます。
したがって現在も、どの会合体が真の活性触媒なのか、不斉増幅を決める段階はどこなのかについて、完全に一つの機構へ決着したわけではありません。生成物由来Zn種の会合や一過性中間体が重要であることは明らかになってきていますが、+NLEを直接生み出す要因をどこに置くかについては、現在も複数の機構モデルがあります。
参考文献
- Matsumoto, A.; Abe, T.; Hara, A.; Tobita, T.; Sasagawa, T.; Kawasaki, T.; Soai, K. Crystal structure of the isopropylzinc alkoxide of pyrimidyl alkanol: Mechanistic insights for asymmetric autocatalysis with amplification of enantiomeric excess. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54 (50), 15218–15221. https://doi.org/10.1002/anie.201508036
- Athavale, S. V.; Simon, A.; Houk, K. N.; Denmark, S. E. Demystifying the asymmetry-amplifying, autocatalytic behaviour of the Soai reaction through structural, mechanistic and computational studies. Nat. Chem. 2020, 12, 412–423. https://doi.org/10.1038/s41557-020-0421-8
- Möhler, P.; Betzenbichler, G.; Huber, L.; Siegle, A. F.; Trapp, O. Mechanistic analysis and kinetic profiling of Soai’s asymmetric autocatalysis for pyridyl and pyrimidyl substrates. Nat. Commun. 2025, 16, 7303. https://doi.org/10.1038/s41467-025-62591-3
⑤ 外部キラル因子がなくても偏る
Soai反応ではさらに、明示的なキラル物質を加えない条件でも、一方の鏡像異性体へ偏るabsolute asymmetric synthesisが報告されています。Soaiらが報告した一連の37実験では、18回でR体、19回でS体が優勢となり、生成物のeeは15〜91%に分布しました⁽¹⁾。
この結果は、最初から特定の絶対配置を選ぶ強い因子が存在するというより、初期反応で生じる統計的なごく小さな偏りを、強い+NLEと自己触媒が増幅するという描像と整合します。
ただし、(私見も込みですが)ここは慎重に見る必要があると思います。Soai反応は非常に弱いキラル情報にも応答し、円偏光、鉱物や有機結晶・表面、さらには同位体置換によるキラリティなどを出発点として、大きなeeを生じさせることも報告されています⁽²⁾。 そのため、完全に何もないところからR/Sの偏りが発生したと単純に断言できる問題ではありません。むしろSoai反応は、通常なら無視できるほど小さなキラル情報まで拾って増幅する、極めて高感度な反応系でもあります。
参考文献
- Soai, K.; Sato, I.; Shibata, T.; Komiya, S.; Hayashi, M.; Matsueda, Y.; Imamura, H.; Hayase, T.; Morioka, H.; Tabira, H.; Yamamoto, J.; Kowata, Y. Asymmetric synthesis of pyrimidyl alkanol without adding chiral substances by the addition of diisopropylzinc to pyrimidine-5-carbaldehyde in conjunction with asymmetric autocatalysis. Tetrahedron: Asymmetry 2003, 14 (2), 185–188. https://doi.org/10.1016/S0957-4166(02)00791-7
- Soai, K. Asymmetric autocatalysis. Chiral symmetry breaking and the origins of homochirality of organic molecules. Proc. Jpn. Acad., Ser. B 2019, 95 (3), 89–110. https://doi.org/10.2183/pjab.95.009
⑥ まとめ
今回の研究を一つの流れとして見ると、Kaganは、触媒に含まれるR/Sの比率が、そのまま実際に反応を担う触媒種のR/S比になるとは限らないことを示しました。分子が会合し、homochiral speciesとheterochiral speciesで安定性や反応性が異なれば、最初の小さな左右差を非線形に増幅することができます。
硤合先生は、こうしたNLEによる不斉増幅と自己触媒が同じ反応系の中で結びつくことを示しました。生成物自身が次の反応を進めるため、一度増幅されたキラル情報を次の反応へフィードバックでき、微小な偏りを繰り返し増幅できます。その極端な例が、0.00005% eeから >99.5% eeへの増幅です。
そしてその後の構造解析や速度論研究から、Soai反応が単純なRがRを作る反応ではなく、Zn alkoxideの会合、homochiral/heterochiral aggregateの構造差、基質との相互作用、一過性の中間体などが関わる複雑な分子集合体・反応ネットワークの化学であることも見えてきました。
今回の受賞を最も端的にまとめるなら、分子レベルのごく小さな左右差が、分子集合体や反応中間体の存在比・反応性の差へ変換され、その差が自己触媒によって再びより大きな左右差へフィードバックされる。そんな化学系が実在することを示した研究だと言えるでしょう。
ここまで見ていただいた物好きの皆様へ感謝。硤合先生らがこの反応系に至った経緯そのものも面白いので、ぜひ硤合先生自身によるレビューを読んでみてください。上にも貼っている物です。
参考文献
- Soai, K. Asymmetric autocatalysis. Chiral symmetry breaking and the origins of homochirality of organic molecules. Proc. Jpn. Acad., Ser. B 2019, 95 (3), 89–110. https://doi.org/10.2183/pjab.95.009
図版の出典・ライセンス
アラニン図:Synpath, via Wikimedia Commons。原図ページ/CC BY-SA 4.0。文字追加・改変あり。改変後の図にも同ライセンスを適用。
Kaganの写真:Photo: Collections École Polytechnique / École polytechnique from Paris, via Wikimedia Commons。切り抜き:Artem.G。原画像ページ/CC BY-SA 2.0。
Soai(2019)の図:Scheme 6、Scheme 8、Figure 3、Figure 4。Soai, K., Proc. Jpn. Acad., Ser. B 2019, 95, 89–110。© 2019 The Japan Academy。Creative Commons Attribution License。原論文・ライセンス表記。
Möhler et al.(2025)の図:Figure 2b(パネルbを抜粋)、Figure 4。Möhler, P.; Betzenbichler, G.; Huber, L.; Siegle, A. F.; Trapp, O., Nat. Commun. 2025, 16, 7303。© The Author(s) 2025。原論文/CC BY 4.0。
출처: note 원문
번역: Gemma 3(.44) 초벌 + 교정 검수
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