だいぶ話題になっていて、行こう行こうと思いながら行けてなかった門脇康平監督作品『我々は宇宙人』を観にいった。制作レーベルが『チルド』の制作を行なっている「NOTHING NEW」。門脇康平監督はyoasobiのMVとか作っている方のよう。29歳とのことでこれからを期待された監督。『バックルームズ』のケイン・パーソンズ監督とかもそうだが、この先色々な作品を手掛けていくだろう人が出てくるのは観てる側からしてもめちゃくちゃワクワクする。
以前、映画『チルド』についても書きましたのでご興味ある方はぜひ。
映画予告自体はいたる所で観ていたが、その時の印象は「ああ、夏休みに子供が観にくる映画なのな?』くらいでほとんど気にも止めていなかった。しかし、噂を聞き、そこまでいうならと鑑賞してみたら思っていたのとは全然違っていていい意味で期待を大きく裏切られた。確かに噂通り素晴らしい作品であり門脇監督が長年かけて温めてきた作品だけあって細かなところまでこだわりを感じる素晴らしい作品になっていたのだった。心に残るシーンはめちゃめちゃ沢山あったのだが、いちばん明確にこの映画がすごいなと思ったのは、翼パートのラストシーン。雨の中、陸橋の下にいる暁太郎らしき人物が下から睨みつけてるシーンは鳥肌が立つほどゾッとした。そこから明らかに物語が大きく変わる。それまで「絵が綺麗な青春映画か、もしくは本当に暁太郎は宇宙人?とSFチックな妄想くらいしかしていなかった。そこからのあのシーンだったのでギャップも含めて引き込まれていく。翼パートのラストシーンもそうだが、映画の至る所に様々な要素が散りばめられていて、まるで万華鏡の様に観ているものの感情に揺さぶりをかけてくる。前半パートは翼と暁太郎のお互いに惹かれあい、友達になり一緒に遊ぶところなんかはこれでもかというくらいキラキラしている。だが、月日を重ねるごとに、翼は勉強しなければならなくなり、いつまでも子供っぽい暁太郎への気持ちの変化が訪れていく。こういった子供の頃のジェットコースターのように知らない間に相手の心境が目まぐるしく変わってしまう体験て結構みんなしてきていると思う。この前半パートの細かな子供の頃の心象風景だけとっても門脇監督の人間観察力の細かさに驚かされる。翼パートのラストもそうだったが、ちょいちょいホラーみも感じる。幼少期の翼のお母さんの表情なんかもホラーで、翼が家をでていこうとした時に玄関に落ちている米粒を拾い上げるシーンなんかも結構怖い。子供の頃に感じる残酷な現実の世界。誰もが皆、翼にもなりうるし、暁太郎にもなりうるように思える。自分自身今まで生きてきた中でも山ほど気づかないところで加害者にもなっていただろうし、「こんちくしょう!」と思って根に持ち、被害者側にもなってきている。翼と暁太郎の様に、どちらが先に始めたのかわからないがいつのまにかいじめみたいなことが始まっていて、特にこれといったきっかけは思い出せないままエスカレートして、とり返しのつかないところまで知らぬまにいってしまう。暁太郎がふざけて傘を壊してしまい、謝るタイミングを逃してしまうみたいなことってホントよくある。暁太郎の手裏剣を翼のランドセルに入れるシーンなんか観ていて「うまく仲直りしてほしいな」と陰ながら見守るがそううまくはいかない。うーん、切ない。すれ違い続けた結果30年もの月日が経つ。あまりにも長い時間を過ごし、一度大きな喧嘩の先に、「じゃあねー!」と叫び合える2人に辿り着けたことはとても尊い。加害者という立場にある翼は、暁太郎の「じゃあねー!」に対して一瞬躊躇を見せるが、翼の子供が「じゃあねー!」と返答してしまったことで、翼も「じゃあねー!」と返答するところなんか本当にいい。ほんの少しだけ欲を言わせてもらうと、暁太郎の成人パートで、ティシュ配り期からタクシードライバーに就職できるまでの過程は観れたらよかったかな。あと暁太郎の友達をバタ原はめちゃくちゃいい奴で好き。人は時が経つとどんな人でも忘れる生き物で大事にしていたことも忘れていくし、自分に都合よく記憶しているもの。自分が感じていることも結構あてにならないし、相手の行動って理解できてないことの方が多いのが現実。映画を見終わってから改めて「我々は宇宙人」のタイトルを見返し妙に納得した。ディスクロージャー・デイのように本物の宇宙人は全く出てこないが、相手の気持ちを理解しきれずに「宇宙人」と感じてしまうどうしようもない感情を表現しためちゃくちゃ素晴らしい作品。
新進気鋭の制作レーベル「NOTHING NEW」と監督「門脇康平」。また一つこれから楽しみな人が増えた。嬉しい限りである。
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번역: Gemma 3(.44) 초벌 + 교정 검수
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