最高に面白かった!!!最高!!!何時間でも見続けたかった!!!!正直、自分はこれまでスパイダーマンというコンテンツは好きでも嫌いでもなく、無関心に近い感情を抱いていた。トビー・マグワイア版やアンドリュー・ガー・フィールド版など、作品自体は良作続きだったにも関わらず、利権絡みで中途半端にリブートが繰り返されたり、SSUはスパイダーマンが登場する以前に風呂敷を畳んだりと、こちらが作品に愛着を抱き始めた途端、大人の都合で一方的にハシゴを外されるようなことを繰り返すシリーズに対して、最初から深入りしたくないと自分の中で線を引いてしまっていた。その為、MCU版に対しても常に懐疑的な心持ちで鑑賞していたし、今でこそようやく口にできるが世間が熱狂したNHWの歴代スパイダーが集結するシーンでさえ、過去の成功体験に縋っている程度にしか捉えられず、決してテンションの上がる演出ではなかった。しかし本作は、そんなこれまでの不信感を一蹴してくれる、MCUの歴史においても最高峰に近い傑作だった!1作目はアイアンマンから認めてもらいたい自立の物語、2作目は次期アイアンマンを期待される中自分の道を選択する継承の物語、3作目は「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という命題を喪失を通して身をもって学ぶ責任の物語。そして今回の4作目は、これまでのヤング感を完全に払拭したヒーローとしての完成形を見せてくれた。心身共に過去の豪傑達へ肩を並べるかつ、彼の秘匿性を復活させ世間からの評価も得たストーリーは、後に続く展開のセットアップとしても100点満点の発射台となる作品だろう。ピーターがジーン・グレイの恩師になった事さえ省けば、どの方面にも確執のない唯一フラットな立ち位置にあるので、今後の展開でもかなり使い易いヒーローとなった。前置きが長くなってしまったが、内容についても触れていきたい。まず、ドラマとロマンス部分に圧倒的な説得力があってとにかく没入できる。世界からピーター・パーカーの存在を消した導入から、主要メンバーであるMJやネッドが安易に記憶を取り戻さないのが本当に良い。その象徴となるのが、サム・ライミ版をオマージュした、マスクを口元だけ捲ってキスするシーン。いやコーヒーを飲む時も顔半分しか覗かせないんだったね😂自分は察しが悪く、ジーン・グレイは人間を数珠繋ぎでしか乗り移れないとばかり思い込んでいたから、スイングしてビルの上まで連れて行ったMJが乗っ取られているなんて全く予測していなかった。だからこそ容赦のない仕打ちは、X-MENシリーズで培った彼女の立ち位置+本作のヴィランとしての格を損なわなかったし(仮にもスパイダーマンに僕の負けだと言わせた)、MJが安っぽい使い回しの演出で記憶を取り戻してなくて心から安堵した。少し飛んで後半、ピーターがMJの為に書いた手紙を読んだ上で、それでも彼女から「カケラも記憶がないから愛せない」とアンサーしたのも至極当然の回答で、思い出したよ!好き!と激寒展開になろうものなら、その瞬間劇場を後にし帰路に着いてたと思うので、これもまた心から安堵した。このMJ、ジーン、ネッド辺りのプロットは、コンマ少しでもニュアンスやバランスを欠いていれば誇張抜きで作品が壊れてしまっていたので、丁寧に扱われていたのは本当に良かった。上記の通り、ネッドのホームパーティーのシーンでもピーターという青年の情緒がかなりリアルに描かれている。「元親友の様子が気になる」という、稚拙ながらも痛いほど共感できる動機から、自らの信念に背いて後を追いかけてしまうピーター。そこでMJが今の彼氏とキスをする瞬間を目撃し、ショックのあまり動揺を隠せなくなりホルモンバランスが乱れる描写があるが、修羅の道を選んだ彼も中身はまだ成長途中の少年にすぎないのだと気付かされる。時には誰かに甘えたくなるような人間臭い弱さを見せつつも、決してそれを周囲に過剰にアピールしない彼の善性には強く好感が持てるし、だからこそ観客も彼に深く感情移入してしまうのだろう。そもそも、このプロットを能力覚醒の皮切りとして使うのが相当シャレてて好きだ!!!!!!!!また、本作のヴィランであるジーン・グレイの扱いも素晴らしい。スカーレット・ウィッチ並みのパワーを持つ超人の退け方として、頭の中に入るという建て付けを利用し、メイ叔母さんに諭させる事で「ピーターと同じ境遇なんだよ」とリンクさせる手法は素直に感動した。1〜3作目で経たピーターの歴史と成長をジーンの境遇にツイストさせつつ、ホルモンコントロールを完成させた(ヒーローとして精神的に成就した)ピーターの最初の仕事が、暴力性の発露ではなく、ヴィランの意識改革であり、さらにその強化された身体でスナイプ弾を受け止めるという献身性!v-maxの意外性も含めて完璧な脚本で非の打ち所がない!一点だけ心残りなのが、勘違いかもしれないが、ハルク戦前に局長の椅子に座ったジーン・グレイが、急に3秒くらいカメラ越しに我々を見つめていたように感じられるシーンがあったけど、あれって第四の壁を認識してるって事なのかな?演出的にもかなり不自然で意図的に見えるカットだったが。骨子であるドラマ部分だけでなく、肉付けされるアクションも実に極上で、テンションの落ちる隙間がない。多角的で拘り溢れたスイング描写にも事細かく触れたい所だが(特に戦車とザ・ハント部分)、真っ先に飛びつかざるを得ないのがハルクの存在。ジーンの念力(枷)が外れると1.5倍の体格になる原初ハルクの存在感は堪らなかったな。そもそもスマート・ハルクとか言って理性のある怪物を見るのが苦痛だった身としては、大満足の演出である。見てるかシーハルク?レッド・ハルク?これが本物だぞ?パニッシャーの豆鉄砲なんてハルクにとってはくすぐり攻撃にしかならないし、「ハルクと対決したくないんだろ?」とスパイダーマンから迫られて、あの冷酷無比なパニッシャーが素直に「うん」とビビり散らかしてしまう描写も最高。ハルクの凶暴性を助長しつつコミカルさも忘れない演出、そしてパニッシャーを巧みに使ってシリアスに振り切らせない絶妙なバランス感覚。いや、最初からコレをやれよケビン・ファイギできるんじゃん!!!という葛藤(喜び)と格闘していたハルク戦でした。そして、1〜4作を通した成長譚というテーマで語ると、本作は彼が「スパイダーマン」というアイコンになりすぎているせいか、あまりに痛々しい自傷行為に目を背けたくなるシーンが多かった。スーツは脱ぐが頭巾だけは被って混浴でミーティングする、という狂った絵面は特に象徴的で、「皆が全裸(=素の自分や本音)で接している空間なのに、自分だけは絶対に顔(=素性や正体)を見せない、というチグハグな絵面を通して、今のピーターは、社会や他人とまともな人間関係を結ぶことができなくなっている(=コミュニケーション不全に陥っている)というシリアスな現実を、映画側がユーモラスに表現してるに過ぎない。これは単なるギャグシーンの枠を超えており、世界との繋がりを絶たれたピーターの痛々しいセルフネグレクトをコミカルに見せているだけなのがやるせない。責任取れよミステリオ😠💢かつて愛する人のために葛藤して能力を失ったサム・ライミ版2作目とは真逆で、今回のピーターは大人の責任と究極の孤独を背負い込んだ結果、プライベートを全て投げ打ってヒーロー活動へ埋没し、精神的にも文字通り「蜘蛛」へと同化していっている。彼が成し遂げた完璧な感情の制御(ホルモンコントロール)さえ、見方を変えれば、自分自身の人間としての幸せや可能性を徹底的にすり潰す壮絶な自己犠牲であり、前作NWHで、あれほどヴィランを救うために奔走した「治療」という行為が、今作では自分自身を犠牲にして摩耗させる呪いのように機能しているのが、あまりにも切なく、皮肉にも構成として美しすぎる。当人はまだ成長余地(能力拡大)を残して終了を迎えるのも、今後の彼の未来を思うと同情してしまう。もうダメだ、自分は完全に感情移入し切ってしまっているので、本作品のことは贔屓目に評価します。締めのネッドとピーターのハンドサイン、作中で一番感動しました🥺一つ、一つだけ苦言というか願望を残すのなら、サンダーボルツからそうだがヴィランに対してセラピーで解決している展開が続くので、ドゥームズデイではド派手な漢バトルが見たいな。デスティン・ダニエル・クレットン監督、僕はNARUTOの大ファンでもあるので実写化も大いに期待したい。てかサラッと受け止めてるけど、サンダーボルツで既にX-MENシリーズがアース616に到来していた事は示唆していたけど、ジーン・グレイが出てきた時は流石にビビったな😟ロバート・D・ジュニアがドゥームであることを許されるのであれば、ヒューマン・トーチはクリス・エヴァンスでも良いのでは?😂
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번역: Gemma 3(.44) 초벌 + 교정 검수
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